中学校での法教育授業では、民事事件、刑事事件を問わず、生活の中で身近に起こり得る紛争を題材に授業を行います。
裁判員裁判制度の導入に伴い、将来、生徒らは裁判員となっていくため、裁判員裁判の具体的な手続や、刑事裁判のルールを子どもたちに教えることも必要です。しかし、たとえば、設問例にある器物損壊事件のように、「緊急状態」において、他人の物を壊してしまった行為について、果たして罪に問えるかを生徒たちに問うことで、「国家の刑罰権」の意義について深く考えさせることこそ重要な目的であるとして授業を行います。
併せて、多様な価値観を持っている人の集まりである社会の中で、如何に紛争を解決するためのスキル(紛争解決能力)を身に付けるかを養う教育を行います。
中学3年生のB太君の親はとても厳しくて,電子ゲーム機をこれまで一度も買ってくれたことがありません。親の教育方針から,たとえ自分のお小遣いであったとしても,DSのようなゲームを買うことが許されていません。友達はみな,DSを持っています。持っていないのはB太君くらいのものです。でも,どんなにB太君が親にせがんでも,お母さんは,「他人は他人」と言って意に介しません。
B太君には最近,とても仲良くなった友達がいます。小学校は別々でしたが,3年になって同じクラスになった慎也君です。慎也君ももちろんDSを持っています。他の友達は,自分のDSを壊されたくないためか,誰も人に貸してあげようとしないのですが,慎也君は違いました。慎也君は,毎週火曜と金曜に塾に通っています。ある火曜日のこと,慎也君は自分が塾に通っている間,自分のDSをB太君に貸してあげることにしました。学校に近い公園で慎也君は,「ぼくが塾に行っている間,これ使ってていいよ。」と言って,DSをB太君に手渡しました。「この公園で使ってる分にはかまわないから…。塾が終わったら戻ってくるから,それまでね。」
B太君は公園で慎也君から借りたDSで遊んでいましたが,しばらくすると小雨が降ってきました。そこで一旦家に帰って,慎也君が塾から帰ってくるころに公園に戻ってくることにしました。家に帰る途中のことです。大きな犬が一匹,B太君の方に向かってきました。首輪はしていますが,綱がありません。でも飼主は近くにいないようです。犬はどんどんB太君に近づいてきます。B太君は幼いころ,犬を撫でようとしたら手を咬まれてしまった怖い経験があります。それ以降,犬は大嫌いになりました。
「来るな!」と言おうとしても,心臓がドキドキしてまったく声が出ません。犬はますます近づいてきます。ハァ,ハァとすごい鼻息です。前足を上げて,B太君に掴みかかろうとしました。その時です。B太君は,手に持っていた慎也君のDSを犬に向かって投げました。「あっちへ行けー!」。
もちろん,それが慎也君から借りたものであることは分かっています。でも,それしか犬に立ち向かう方法はありません。DSは犬の頭に当り,犬はキャンキャン鳴きながら,退散していきました。
慎也君のDSは,道路に落ちて大破してしまいました。
塾を終えて慎也君が公園に戻ってきました。小雨はすぐに上がってしまい、塾にいた慎也君には雨が降ったことさえ分かりません。壊れたDSを見て慎也君は、とても怒っています。「どうして道路に落ちるの? 公園で使って、と 言ったよね。」
B太君は、慎也君のDSが壊れてしまうことを分かっていながら、犬に向かって投げつけたことは間違いありません。さて、B太君に器物損壊罪は成立するでしょうか?